休日の日中はやたら騒がしい日本丸エリアも、平日の早朝は誰もいなくて、通勤ラッシュが嘘のようにのどかな時間が流れている。
晴れた日はたまに出勤前にここの芝生で寝転がってぼーっとしている。一般的には贅沢な景色なのかもしれないけれど、毎日見ているので別にみなとみらいの景色が特別とも思わないし、自分はただ空を見て風を感じているのが好きなのだ。だから別に観覧車もロープウェイもインターコンチも視界には不要で、荒川でも多摩川でも良いのだ。
朝日を浴びて無心で寝転がっていると、生の真実が見えてくる。自分は別にエゴまみれの社会の中で弁護士として父として役割を果たすためにこの次元にフォーカスしたわけではないのだ。それは単なるおまけに過ぎない。
現実逃避でもなんでもない。ただの事実だ。責任を次々背負わされてそれを一つ一つ解消するたびにホッとして、それが人生だ、美徳だという歪んだ転倒した価値観を採用し続けるのか、そのホッとした瞬間こそがデフォルトであり盛大なマッチポンプでしかなかったことに気づくのか、それだけのことだ。
明日8歳になる息子のアルバムのアプリを開いたら、1歳の時の動画がおすすめで出てきて、タンポポを持って近所を散歩して、一瞬空を見上げたときに少しだけニコッとする動画だった。
ここに生の全てがあり、自分はそこに還っていくのだと確信した。