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弁護士紹介

プロフィール

齋藤弁護士プロフィール画像

齋藤 雄大

弁護士神奈川県弁護士会所属 (登録番号 48790)
  • 2006年 渋谷教育学園幕張高等学校卒業
  • 2010年 早稲田大学法学部卒業
  • 2012年 一橋大学法科大学院卒業 同年、司法試験合格
  • 2013年 弁護士登録 弁護士法人サリュ入所
  • 2019年 弁護士法人サリュ退職
  • 同年、花咲町法律事務所を開業
  • 神奈川県弁護士会 犯罪被害者支援委員会 広報研修部会長
  • 同 法律相談センター運営委員会 委員
  • 日本弁護士連合会 リーガル・アクセス・センター 委員

趣味 ギター、料理、読書、ランニング

好きな言葉 人の小過を責めず、人の陰私を発かず、人の旧悪を念わず(洪自誠「菜根譚」)

信念

依頼者を全肯定する。
それはお金をもらうからではない

私の一番のポリシーは、目の前の依頼者、相談者の方を全肯定することです。
それは迎合することでも無理をすることでもありません。
人は皆、自分の考え方や価値観に基づいて必死に生きています。その考え方や価値観の違いによる衝突やすれ違いを解決するために使われるのが法であり、弁護士はただその法の扱いに慣れているだけです。

弁護士に人を決めつけ評価する権利などないと私は思います。
それぞれの考え方や価値観をまっすぐ温かい心で受け止め、ただ法の観点から冷静に証拠を揃え、最大限の主張をするだけです。

私の仕事は、「なんだかうまくいかないな」「一人では、心細いな」そう思っている方のために、法を使って問題解決のお手伝いをすることです。
受任するからには当然、置かれた状況においてお客様のご意向に一番沿う、利益を最大化する方法を模索し、尽力します。
具体的事実のお話とともに、正直なお気持ちをそのまま聞かせてください。私は何も否定しません。それは報酬をもらえるからではありません。報酬は実際の業務の対価です。報酬とは関係なく、ただ私自身の自発的なポリシーとして、目の前の人を否定することをしたくないだけです。

それは裏を返せば、事件の相手方のことも否定しないということです。もちろん味方はしませんが、ご依頼をお受けするまで関わることもなかった、知りもしない他人のことを人間的に非難し糾弾することはできません。むしろその相手方の気持ちに思いを致すこともします。しかし、それは決して逃げ腰になることでも弱気になることでもありません。逆に、より問題解決に近づく心の持ち方であると経験上感じています。
依頼者の利益を最大化するために、経験に基づき、見方によってはしたたかな手段を取ることもあるかもしれませんが、それはスマートなやり方という範疇にとどまるものであって、不正はもちろん、不誠実な方針をとることはありません。
「相手を脅してほしい」「とにかくプレッシャーを与えてほしい」「制裁を加えてほしい」そういったご要望をお持ちの方は、私では力不足ですので、どうか他をあたってください。

弁護士バッジをつけない理由

私は、弁護士バッジをつけません。
独立前、全国規模の法人に所属していたときは、いつもバッジをつけていました。高いオーダースーツを着て、質のいいネクタイを締めて、整えた髭を生やして、バンバン受任して(法人内受任率No. 1を誇りにしていました。これも、今思えばどうでもいいことです)、常に気を張って生きていました。
「俺は弁護士だぞ」というオーラを出していかないとなめられる、組織の駒の若造と思われる、と思っていたのかもしれません。

自分の態度にも問題があったのでしょうが、小・中学校でいじめを受けたりした頃から、自己肯定できなくなり、幸せの感じ方がよくわからなくなっていました。
幸せは、誰が決めるものでもなく、自分らしく生きている実感によって得るものなのに、常に他人軸で、目に見える成果を出せば、他人から評価されるようになれば幸せになれると本気で信じていました(正確には、思い込ませていました)。
けれど、がむしゃらによくわからない努力をすることの息苦しさから逃避するように、授業をさぼって遠くに逃げ出したり、髪を伸ばして化粧して、目黒鹿鳴館などのライブハウスでバンド活動をしたりしていました。
不自由ない環境と勉強の機会を与えてくれた両親には本当に感謝しています。けれど私はずっと、自分自身がよくわかりませんでした。

独立開業してから、自分というものが少しずつ見えるようになっていき、徐々に肩の力が抜けていきました。スーツもほとんど着なくなりました。
今は、刑事裁判の時しかネクタイと弁護士バッジをすることはありません。代わりに、アクセサリーデザイナーの友人が作ってくれた綺麗なピンバッジをつけています。花と光をイメージした、さりげなく、繊細で力強いデザインのものです。こっちの方が、よほど自分らしいと思っています。

「弁護士先生」と思ってもらいたくないという思いもあります。私は偉い人でもなんでもないです。ただちょっと運悪く歯車が噛み合わない状況に巻き込まれてしまった方の自尊心を取り戻すために、法を使ってできるだけのことをさせていただきたいだけです。狂った世の中で、私のように幸せをどこかに置いてきてしまった人の、心からの笑顔を少しでも見たいだけです。
「齋藤さん」と呼んでもらえると安心するので、ぜひそう呼んでください。もちろん、「先生」というのは都合のいい記号のようなものですので、使い勝手が良ければ「先生」と呼んでいただいても構いません。けれどそこに畏敬の念を抱くことはしないでほしいです。少なくとも私に対しては。

離婚を経験してわかったこと

弁護士8年目、開業3年目を迎えたときに、私は離婚しました。法的な離婚原因はなかったですし、誰も悪くないのに、小さなすれ違いの積み重ねで、本当の自分でいられない精神的な辛さが積もっていきました。
自分なりに誠心誠意、妻と息子、そして自分自身に向き合って、話し合いを重ね、協議離婚しました。
元妻には本当に迷惑をかけましたし、申し訳なく思っています。感謝の気持ちもあります。けれど自分は、一度しかない人生で、一番自分らしい道を進みたいと思いました。
家庭を築くことが自分にとっての正解ではなかったですが、父としての責任をしっかりと果たしつつ、息子からも色々なことを学びつつ、弁護士の仕事を自分らしく限界まで全うしたいと思っています。

離婚の希望を告げて家を飛び出して、硬い床の上で寝袋で寝ているとき、私は、今まで離婚事件についてわかったつもりでいた自分をなじりました。もちろん、弁護士としてやるべきことはしっかりやって、実際、離婚調停は割と得意でしたし、法的サービスはちゃんと提供できていたと思います。けれど、離婚がこんなに心情的に複雑で辛いものとは、正直思っていませんでした。

弁護士になる前に、自損事故で鎖骨を骨折し、手術を受けました。この時の経験は今も交通事故被害者の方の辛さをイメージする一助になっています。
しかし、あらゆるジャンルの痛みを自分で経験するわけにもいかないですし、経験したからといって自分の経験に無意識に寄せてしまうのも危険だと思っています。
私ですらそうだったのだから、依頼者の方のほうがよっぽど辛いはずだ、そう思いながら、未知のことについても、自分ごととして痛みや辛さを想像することを忘れないでいたいです。

ブルドーザーのように生きていくしかない

弁護士として色々な方の事件に関わってきて、誰もがグチャグチャになりながらもがむしゃらに一生懸命生きているのだということを日々痛感してます。そしてその生き方は皆美しいと私は思います。
私もそうです。とても綺麗な形をした「幸せ」が、一瞬で壊れました。でも、グチャグチャになりながらも、それでもブルドーザーのように突き進んで、道を切り拓いて生きていくしかないのです。それは個人事業主になってからより強く思うようになりました。「綺麗」と「美しい」は違うと思います。綺麗なものも汚いものも、全て飲み込んで、清濁併せ呑んだ先に美があると私は思います。

King  Gnuというアーティストの「飛行艇」という曲に「清濁を併せ呑んで 命揺らせ」という歌詞があるのですが、とても痺れるフレーズです。
綺麗に生きることはできませんでしたが、感謝の気持ちを忘れずに、美しく、心が震えるような仕事をしていきたいです。