横浜の風景

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2019年12月8日

食禅

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今日は妻外出のため育児と料理を担当。鮭があったので甘酢あんかけを作ってみた。我ながら美味しくできた(クックパッドさまさま)。

単なる下手の横好きなのだが、料理は心が落ち着くので、たまの機会にやらせてもらっている。妻も台所に他人の作法が入るのは嫌だろうに、好きにやらせてくれるのでありがたい。

爆食い早食いがウリだったはずの齋藤だが、最近、超ゆっくり食べる人間になった。経緯は色々あって、まず、体調の安定と集中力の維持のために一日一食生活を1ヶ月ほど続けてみたらとても良くて、夕飯しか食べないものだから、ゆっくり時間をかけて味わって食べるようになったというのがある。

一日一食は今でも素晴らしいメソッドだと思うけれど、いかんせん寒くなってきて、一食ではカロリー不足で体が冷えるのか、食欲が我慢できなくなってしまったので、最近は朝も昼もちょこちょこつまむようになった。

そんな折に、またもとの暴飲暴食生活に戻りたくないなと思って読み始めた本が、禅宗である曹洞宗の食事について書かれた食禅(じきぜん)の本。これにすっかり感銘を受けた次第で。

自分はカトリックのクリスチャンだけれど、実家は曹洞宗。だから自分にとって無縁な話ではないし、そもそも宗教なんてだいたいは本質的に同じことを言っていると思っているから、心に響くものであればなんでも取り入れたいと思っている。

もちろん禅の修行をするわけでもないしお坊さんになるわけでもないから、本に書かれているほどストイックにやるつもりはないのだけれど、とにかく食べるものにしっかりと思いを致すこととか、いただきますとごちそうさまの気持ちを大事にするとか、姿勢良く食べるとか、大口を開けずに少しずつ食べるとか、まあ当たり前といえば当たり前のことなのだけれど、表現や切り口一つで響き方が違うもので、今の自分にはとても響くものがあった。茶碗の持ち方ひとつとっても、もっと丁寧に食べられる上品な持ち方があると知り、実践している。

むかーし、ちょっとだけやっていた食前食後の祈りもしっかりとやるようになった。食禅の本によれば、両耳と両肩が水平になって鼻と丹田を結ぶ線がまっすぐになっているのが食事に適した良い姿勢らしいけれど、他でもない、キレイな十字を切って整えればこういう姿勢になる。

自分は、食前、次のような祈りをごく小声で唱えることにしている。

「主よ、この食事を祝福してください。体の糧が心の糧となりますように。今日食べ物に恵まれない方にも、必要な糧をお与えください。アーメン。」

これも、言ってしまえば食禅の考え方に通じるものがあると思う。必要な糧をいただくのである。禅の世界でも、自分が今目の前にある食事をいただくだけのことをしたのかを常に問いなさいと言われる。そう考えていくと、暴飲暴食はやはりおかしいとわかる。

もちろん、たまに会う仲間と飲み食いして楽しくなってしまうことはある。そういう羽目を外す時も必要だろう。しかしいつも欲望の赴くままに食べるというのは、体にも心にもよくない。

自分も色々な生活スタイルを試して、食事関係についても色々なものを試したけれど、最近になってたどり着いた結論は、①仕事関係の会合以外で酒を飲まない、②ラーメンを食べない、③一人でいるときに甘いものを食べない、の3点だけを徹底的に守るということ。これさえ守っていればちょっとくらい食べすぎてもOK。このルールは、自分自身の「欲にハマりやすい」ポイントを見事に潰していて、我ながら良いルール。

結局、人それぞれ心も体も弱いところは違うから、自分の生き方のルールは自分で決めていくしかない。

年末はなにかと飲み食いしがちだけれど、しっかりとした心構えを持って過ごしたいと思う。


saitoyuta
弁護士

横浜・桜木町を拠点に活動する弁護士。5年3か月の勤務弁護士時代を経て独立開業。一児の父。精通分野は交通事故(被害者側)。

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