横浜の風景

ブログ

2020年6月7日

色即是空とロマンス

アイキャッチ画像 考えたこと

ちょっと頭をスッキリさせたくて、仕事の合間に万年筆で般若心経を書いていた。

ただ書いていると心が落ち着いて凪いでくる、というだけで、意味もなんとなくしかわかっていないし、写経とか偉そうなことを言うつもりもない。ただノートに書き写しているだけだから、塗り絵とかジグソーパズルと同じ感覚だ。別に崇高なことをしているわけでもなんでもない。

般若心経にも書かれている「色即是空」という言葉について、「空」の言葉のイメージからか、仏教のストイックなイメージからか、今まで、なんとなく淡々としたイメージで、なんでもクールに物事をとらえるべき、というニュアンスの言葉だと思っていた。

英語でいうとAll is vanityだろうから、「すべては虚飾だ」とでもいうような意味に聞こえる。

とはいえ、自分はその虚飾の美しさが好きだったりするのだ。

恩師である、組織にいたときのボスが、自分の結婚式でお願いしたスピーチで、とあるフランスの詩を贈ってくれた。

ジャック・プレヴェールの「庭(ル・ジャルダン)」。そんなにたくさんの詩を知っているわけではないけれど、これ以上自分が好きになれる詩はあるかな?って思うくらい、本当に大好きな詩。

一般的に流布している日本語訳が少し真面目すぎて詩のリズム感とかときめきが減殺されている気がするので、僭越ながら勝手に語調をいじってみた。「…」も原文にないのに余韻をどうしても出したくて勝手に入れてしまった。超訳ともいうべきものかもしれないけれど、原文のイメージはこっちの方が近いと思う。


何千年 何万年かかっても

語り尽くせない

あの一瞬のことは

きみがぼくにキスをして

ぼくがきみにキスをした

ある朝のこと 冬の光の中で

パリのモンスリ公園で…

パリで…

地球で…

天体の中の地球で

公園でのキスという何気ない一コマをどんどんズームアウトしていってとってもロマンチックな一瞬に仕立てているなと思っていた。これを「色即是空」的に捉えるとすると、大袈裟な修飾だ、ただ男女のくちびるが接触してフェニルエチルアミンやセロトニンが出ただけのことだ、恋に溺れてはいけない、とでもいうのだろうかと、勝手に思っていた。

フランス的なドキドキするようなロマンスと、仏教的宇宙観は相容れないのかなと思っていた。

でも最近、事務所の床にぼーっと座りながら、窓から空を見ていろんなことを考えて、なんとなく、それは違うんじゃないかなと思うようになってきた。

色即是空というのは、すべての事象が虚飾だという意味ではなく、他の事物との関連性によって成り立っている、という意味だ(違ってたらすみません)。

このル・ジャルダンの世界一つとったって、要するに、この口づけの一瞬に、宇宙の中の地球、地球の中のパリのモンスリ公園で、男女のくちびるが触れ合うという大いなる調和と関係性の中で一つの情景が生まれたということだ。

この一瞬でさえ、大いなる調和のもとに成り立っていて、そして、何一つ欠けてもこの一瞬は生まれ得なかった。詩に書かれていない様々なエレメントが行間にひしめき合っている。それは僕らの想像で埋められていくものだ。

その沢山のエレメントが調和したその完全なる一瞬というのは、まさしく「空」なんだと思う。その一瞬はただの一つの「モノ」ではない。だから何千年何万年かかっても語り尽くせないのだ。尽くせるはずがないのだ。

この詩は、いかにもフランス的でロマンチックな情念的な詩で、仏教的でクールな世界観と相容れないように見えて、実はこれ以上ないほど「色即是空」的な世界観に立ったものなのではないかと、そんな勝手なことを考えた。

現代フランス料理であるヌーヴェル・キュイジーヌが日本料理の影響を多大に受けているように、東洋も西洋も、煎じ詰めれば感性に相通ずるところがあるのではないかと色々なところで感じている。

これも一つの色即是空的な捉え方かなと思う。

独自の見解なので批判は承知だけれど、感覚重視で、論理破綻とかまるで気にしていないエッセイなので、お許しを。


saitoyuta
弁護士

横浜・桜木町を拠点に活動する弁護士。5年3か月の勤務弁護士時代を経て独立開業。一児の父。精通分野は交通事故(被害者側)。

私が大切にしていること