横浜の風景

ブログ

2020年7月18日

弁護士と色気

アイキャッチ画像 考えたこと

梅雨明けの気配の全く見えないこんなモヤモヤした天気の毎日に、不思議と馴染んで心を震わせるのが、椿屋四重奏の音楽。

解散してだいぶ経つけれど、こんなに色気がある音楽を奏でるバンドはそういないんじゃないかと思う。甘く危険な歌詞、綱渡りみたいに危うく美しいメロディ。耽美的で胸をえぐるギターの歪み、カッティング、アルペジオ。複雑に妖しく絡み合うバンドサウンドを優しく苦しく締め上げて昇華させるような中田裕二の甘く切ないボーカル。

イヤホンで聴いているだけで、自分も色気がだだ漏れてきているように錯覚してしまうほど笑、どっぷりとこの世界に沈んでしまう。

椿屋四重奏や中田裕二の曲を聴いて、「色気」の二文字が浮かぶ人はとても多いだろうけれど、弁護士と聞いて「色気」が浮かぶ人はおそらく皆無だろう。むしろ世間のイメージからすれば、もっとも色気から遠いイメージの職業なのではないだろうか。

でも自分は、弁護士(少なくとも、一般民事を扱う町弁)に求められている要素と、色気を作り出す要素は同じなのではないかと思っている。

ここでいう色気は、見た目の危険な美しさとかセクシーさとは違う。あくまで内面の問題だ。

30代の若造が偉そうにいうのもあれだけれど、今まで生きてきていろんな経験をしてきて、内面の色気とは「弱さの受容」と「動じない心の余裕」から作られるものだと思っている。

人間は完全ではない。むしろ欠陥だらけだ。誰もが弱い。前に「四つの棘」という記事で書いたように、星の王子さまの一輪のバラよろしく皆が自分を必死に守るために四つの棘を抱えているのだ。

紛争当事者のどちらか一方が完全なる弱者で、相手方はコテンパンにすべき感情のないモンスターのように考えているような弁護士がたまにいる。高圧的に自説を披露し、相手をギャフンと言わせるまでやめない。色気からは一番遠い存在だ。そんなアメコミみたいな世界はない。

法的にあるいは社会的に非難されるべき相手方には、そういう過ちを犯してしまった心の弱さや、そういう人格になってしまうに至るまでの様々なプロセスがある。その弱さに思いを致さずに人間同士の紛争が解決できるなら、今後人間の弁護士なんていらないだろう。膨大な法的知識を備えたAIを積んだ弁護士ロボットが「正しいこと」をうるさいほどに説教して聞かせてくれるだろう。

相手方の肩を持つという意味ではない。依頼者の利益の最大化を常に考えている。依頼者の方の多大な被害を思えば、そしてそれを顧みない相手方の不遜な態度を思えば、感情が高ぶる事案もままある。

けれどその感情は常に一方通行ではなく、双方向であり、あるいは面であるように心がけている。相手方の感情や生い立ち、考え方にも思いを致してこそ、より依頼者の方の感情や悩み、紛争の本質に近づいた言葉を選ぶことができるのではないか。そしてそれが色気というものなのではないかと思う。

他人や自分自身の心の弱さを受け入れたうえで、些細な言動の一つ一つに動揺しない。それは、人は完全ではないとわかっているからだ。

危うくいびつなのに、どっしりしている。そのアンビバレンスが人間の風情としての色気であって、皆が「色気」と聞いて先にイメージするような一種の性的魅力にも結局繋がるものだと思っている。

僕が独立前に所属していた法人の創業者の先生、自分にとっては本当の恩師と言える方だけれども、男が見ても本当に色気のある人だなといつも思っていた。それは弱さの受容と動じない余裕が見事なまでに両立していたからだと、今思う。

自分もそういう弁護士でありたい。


saitoyuta
弁護士

横浜・桜木町を拠点に活動する弁護士。5年3か月の勤務弁護士時代を経て独立開業。一児の父。精通分野は交通事故(被害者側)。

私が大切にしていること