横浜の風景

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2019年12月31日

好事不如無

アイキャッチ画像 考えたこと

2019年最終日、横浜は異様なほど暖かくて(21℃まで上がったとか)、散歩日和だったのでみなとみらいの方に行ってみた。海も空も綺麗で、心地よかった。

「晴れてよし 曇りてもよし 富士の山」とは言うけれど、なんだかんだいい天気の日は格段に気持ちよくて、やっぱり横浜いいところだな、この地に縁をもらって、開業できたこともありがたいなとしみじみ思ったりして。

2019年は自分にとって過去最高に大きな意味のある年だったように思う。身内や周囲の反対を押し切って思い切って開業して、大変なことは色々あったけれど、独立してよかったと200%自信を持って言えるし、本当に自分の信じた道を進んでよかった。関わってくださっている皆様に感謝しかない。

外から見たら(髭を剃ったくらいで)あまり変わってないかもしれないけれど、自分の中では、これほどまでに1年の初めと終わりで自分が変わった年はないと思っている。

自尊心と個性だけは強くて、そのくせ流れに乗りながら、時には誰かのせいにしながら漫然と生きていた去年までの自分と違って、全部自己責任だから、それなりにいろんなことを考えたし、試しまくったし、今までにないほど沢山本も読んだ。毎日新しい自分になっていたと迷いなく言える。

そんな自分が、来年本当に大事にしたい言葉として考えているのが「好事も無きに如かず」。好事(いいこと)が起きればそれに執着してしまう。それが身を滅ぼす。それならばいっそいいことなどないほうがいい。それほど、よい出来事に執着することは好ましくないことだ、そういう意味と理解している。

「当たり前に感謝する」とか「平凡が幸せ」とか、同じことを言っているんだろうけれども、なんかどうにも面白みがない気がしてしっくりこなくて、でも「好事も無きに如かず」と言われると、とたんに耳が痛くなるし我が事になる。

好事がダメなのではない。それに執着してしまうことが問題なのだ。また同じ経験をしたい、あの時に戻りたい、今はあの時に比べて惨めだ、など。よいことも悪いことも、ひっくるめて人生だ。そして、嫌なことからは学びがある。だから嫌なことは悪いことではない。

お前は仕事にも家族にも恵まれていて毎日幸せじゃないかと言う人がいるかもしれない。それはそう思う。辛い状況で必死に生きている人が沢山いる横で、自分の人生を平凡で味気ないと言うつもりはない。辛いことがないわけじゃないけれど、殊更にひけらかすつもりもさらさらない。けれど、決して贅沢はしていないし、極めて標準的な暮らしをしているつもりだ。

人間は悲しいかな、一見恵まれていようと華やかな暮らしをしていようと、港区のタワマンに住んでいようとマンハッタンのアッパーウエストサイドに住んでいようと、「なんかいいことないかな」と思ってしまうのだ(多分)。

執着するくらいなら、いいことなんてないほうがいい。放下着。すべて捨て去ること。「執着していない」という自分の自負さえも捨て去ること。

2020年は静かにコツコツと、執着せずに、仕事にも暮らしにも落ち着いた心で取り組んでいきたいと思う。


saitoyuta
弁護士

横浜・桜木町を拠点に活動する弁護士。5年3か月の勤務弁護士時代を経て独立開業。一児の父。精通分野は交通事故(被害者側)。

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