横浜の風景

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2021年11月29日

原動力

アイキャッチ画像 考えたこと

今朝、先日高等裁判所で逆転勝訴した件について記事が掲載される予定の「週刊金曜日」のTwitterを見ていたら、ジャーナリストの本多勝一氏の言葉がポストされていて、ハッとなった。

怒り。確かにそうだ。

弁護士の経験をある程度積んできて、特に交通事故についてはかなりの件数を扱ってきて、どんな案件でも見通しは立てられるようになったし交渉も上手になった。

けれど、本当に救われない、専門家から見ればどう考えても負け筋の事案で、それでも一般の方の目線から見ると認められるべき、そういった事案で、とりあえず技術的にベストを尽くすことはもちろんだけれど、根底にちゃんと怒りを持てているだろうか。

経験を積みすぎると、いい意味での諦めの悪さが失われる。

弁護士一年目、初めて交通事故で尋問まで行った訴訟のことを思い出す。今思えばどう考えても負け筋なのに、当時の自分は負け筋と思わなかった。勝訴はできなかったけれど、尋問後、和解室を何度も出たり入ったりして、へとへとになりながら、力技で和解に持ち込んだ。

個人対個人の人間的な争いで、弁護士が怒りを持つのは違うと個人的には思う。客観的に高い視点を持って、相手方の気持ちにも配慮しながら、依頼者の思いをできる限り汲み取り、利益を最大化するための方策を冷静に練っていく。

けれど、対巨大組織、対権力では、根底に怒りは必要だと思う。問題は構造にあるからだ。怒りのパワーがなければやはり戦えない。

最近、裁判をやっていても、「まあ、そうだよね」という結論になることがほとんどで、それは勝ち筋でも負け筋でも同じだった。

けれど、この高裁の逆転勝訴の事案は、民事裁判にもかかわらず判決を聞きにいって、判決の言い渡しが終わって礼をする際、思わずいつもよりも深く頭が下がった。弁護士である以上、裁判所に媚びへつらうつもりはない。けれど、しっかりと向き合ってくれたことへの感謝であり、感動から、自然に敬意が湧き上がってきた。

こういう瞬間を、長い弁護士人生で、どれだけ感じることができるか。それは、いい意味での諦めの悪さにかかっているのではないかなと思う。


saitoyuta
弁護士

横浜・桜木町を拠点に活動する弁護士。弁護士9年目。5年3か月の勤務弁護士時代を経て独立開業。精通分野は交通事故(被害者側)。水瓶座O型。

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