横浜の風景

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2021年5月19日

グッバイ宣言

アイキャッチ画像 しょうもないエッセイ

激辛絶対ジャスティス

だった僕が、先日、涙の卒業式をした。卒業式は、大好きな陳麻婆豆腐において執り行われた。麻婆豆腐が誕生した当時のレシピを忠実に再現している本格的な四川麻婆豆腐である。卒業式なので少し豪華にチャーハンも頼んでみた。

三度の飯より四川麻婆が好き、三度の飯も四川麻婆がいい、というくらいの病的な四川麻婆好きだったのだが、うすうす勘づいてはいたのだけれど辛いものを食べるとどうにも体調が良くない。お腹を痛め、疲れやすくなる。そして疲れを吹き飛ばそうとまた激辛を食べる、の悪循環に陥っていて、このままではいけないと思い始めていた矢先。

最近生活にアーユルヴェーダを取り入れるようにしていて、その体質診断によって自分がヴァータ(風)とピッタ(火)の複合タイプだとわかり、そのタイプだと辛いものと揚げ物は避けたほうがいいとのこと。

もう、これは、乗っかろうと。ここで決断しないといつまでも体調が悪いままだと思い、辛いものと揚げ物を避ける決断をした。

しかし僕にとっては、どちらも自分の人生の相棒みたいなもので。なんなら学生時代なんて食事といえば唐揚げ定食と蒙古タンメン中本だったので、体に染みついているのである。

大学時代、初めて中本のラーメンを食べた時は衝撃だった。世の中にこんなに刺激的でウマいものがあるのかと。当時大行列だった池袋店に階段の下から並んで足繁く通った。店長さんが顔を覚えてくれていて、行列の中に僕を見つけると声をかけてくれた。別に常連ぶったりとかダサいことはしなかったが、人気店で特別扱いしてもらえているような感覚が、何物でもなかった学生時代の僕のアイデンティティの一つとなり、僕の通勤(もはやお勤めであった笑)に拍車をかけた(十分ダサい思考回路である)。

30を過ぎてから、腸の不調が露骨にパフォーマンスに影響するようになり、さすがに中本はやめようと思って控えるようになったが(もっとも、僕の体質に合わなかっただけで、中本のラーメンは後世に長く語り継がれるべき文化遺産である)、それでも激辛麻婆豆腐にグッバイ宣言はできずにいた。

僕の尊敬する兄弁(先輩弁護士)で、とにかく狂ったように、何かの使命感に駆られているかのように激辛を食べまくる御仁がいるのだが、彼と銀座の激辛カレー屋に行った時、彼は当然のように店内最強レベルの辛さで注文し、こう言ったのだ。

「なぁ齋藤、辛いの次は痛い、痛いの次はなんだと思う?」

「え、、わかりません」

「苦い、だよ」

そう彼はドヤ顔でカッコよく言い放ち(言い忘れていたが彼は非常なイケメンである)、激ニガなカレーを汗だくで食べていた。痛みにも苦味にも耐えて、彼はどんな世界を見ていたのだろう。そこはきっと天国に違いない。

ちなみにこのカレー、試しに一口食べさせてもらったところ、中本の北極で鍛錬を積んでいたはずの僕がしゃっくりが止まらなくなり爆汗デトックス状態になってしまうほどであり、もはや彼はカプサイシンに魂を売ってしまったのだと思わざるを得なかった。

男には何か理屈を超越した使命感みたいなものがあって、それと好きという感情がごちゃ混ぜになってしまうこともあるだろう。もちろん体に不調がないなら良いのだが、残念ながら僕には合っていないとインドの長年のアーユルヴェーダの叡智が教えてくれた。

嬉しいかな悲しいかな、激辛と揚げ物をやめてから体調の大崩れがなくなった。やはり相性が悪かったのである。

名残惜しすぎるのだが、これは人の別れと同じである。刺激的でいつもドキドキさせる異性に振り回されるのは楽しいだろうが、同時に身も心も滅ぼすことになる。だから、「大好きだけど、別れましょう。あなたは刺激的で魅力的な人よ。でもさよなら。」誰も悪くない、相性が悪いだけなのである。

最近はオリーブオイルとニンニクで好き勝手に創作料理を作るのにハマっており、とりあえずなんでもアクアパッツァにしてしまえば正義なことに気がついた。これからはアーリオオーリオ齋藤と呼んでほしい。

ああ、でも鷹の爪を入れたい、、(耐えろ)


saitoyuta
弁護士

横浜・桜木町を拠点に活動する弁護士。弁護士8年目。5年3か月の勤務弁護士時代を経て独立開業。精通分野は交通事故(被害者側)。水瓶座O型。

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