横浜の風景

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2022年6月17日

ただ、心地よくあること

アイキャッチ画像 考えたこと

このブログは気まぐれなので、更新頻度は一定ではなく、自分が書きたい!と思ったら前の投稿から時間が経っていなくても投稿してしまう。笑

昨晩、色々悩み苦しんでいた自分の人生に、突然一つの明快な答えが出て、これを是非とも周りの人にもシェアしたいと思ったので、裁判帰りの電車の中でこの記事を書いている。

その答えは、アイキャッチ画像の通り。

快楽ではなく、心地よさを求めるということだ。

我ながらあまりにも素晴らしい至言だと思ったので、プリントアウトして執務室に貼っている。

何を当たり前のことを言ってるんだ、と思われるかもしれない。

でも冷静に、日々、自分の身の回りのモノやコト、現象で、快楽由来のものがどれだけあるか考えてほしい。

おそらくほとんど全てじゃないだろうか。

世の中のほとんどは快楽を得るためのものでできている。

意外なものもよく考えると快楽と整理できる。

「ずっと安定した暮らしがしたい」と望むのも、欲がないように見えて、実は快楽を求めている。まだわかりもしない将来に期待しているからだ。放っておけば収支はマイナスになるのだから、変わらないということは収入があるということなのだ。

翻って、今この時点の状態に満足している、それは心地よさを感じているということになる。この違いは細かいけれど大切なことだ。

「初対面の人に好かれること」なんかも快楽だろう。本当にお互いのことを知っていない人に好かれようと思うのは、ベタ塗りの表面的な自己愛の投影でしかない。自分は自分のままでいいのに。

というかそもそも、人に好かれたいという気持ち自体が、快楽を求めているということなのだろう。

数少ない大切な人に好かれている、その状態を幸せに感じる、それは心地よさだ。

要するに、他人やモノや事象に期待しないということだ。

不幸や悪感情を反芻するのも実は快楽なのだ。だって感情が極端に動かされることを意図的に楽しんでいるのだから。マゾでなくても、そういう一面が人間にはあるのだ。

心地よい暮らしをしよう、ヒュッゲな暮らしをしよう、心地よいモノで満たそう、そういう話はよくあっても、肝心の自分のマインドが、「心地よさだけを求めていこう」と思っていなければ、ただ北欧雑貨とか心地よさそうなものを持っているだけで、日々簡単に快楽に心を揺さぶられるのだ。

一例を挙げると、街を歩いていて、このマインドがないと、思うことはこんなところだ。

「あのラーメン美味そうだなあ」「あの子可愛いな」「あのゲーム買いたいな」「あの服私も欲しいな」

そんなことを思いながら、快楽を満たせない反動で自分の不快なところを無意識に反芻し始めるのだ。「このあと商談どうしよう」「またあの人に怒られるな、嫌だな……」「なんであいつの方がモテるの、ムカつく」「あの人は私のことが好きじゃないんだろうな」などなど。心ここに在らずもいいところである。

欲求を端的にベタ塗りで満たすようなものは心地よいものではない。ラーメンを欲求に任せてガッツリ食べたらだいたいあとで体の不調という反動がくる。女の子をナンパしてカフェに行ったとして、初対面のよくわからない人とのいわば心理戦だ。アドレナリンはガーッと出るかもしれないが、どう考えても心地よい時間ではないだろう。

それが、「心地よさにだけ心を向ける」と思っていると、自然と、心地よいものを探すようになる。

同じように繁華街を歩いていても、そよ風の心地よさとか、日差しの暖かさとか、街路樹の美しさとか、そういったことにフォーカスされるようになる。自然とマインドフルネスになってくる。そういう状態にあると、本当に驚くほど、街中の飲食店の看板や、道行く知らない人たちとかが、どうでもよくなってくる。

「気持ちよさ」と「心地よさ」を明確に区別しないといけない。前者は快楽だ。

これは何も不埒な話をしているのではない。ごくごく当たり前のように、老若男女問わず、皆の心の中に、無意識に「気持ちよさ」を求めるマインドが植え付けられているのだ。

ずっと快楽を感じて、ずっと気持ちいい、ということはない。必ず反動が来る。

けれど心地よい状態というのは、反動がない。周囲の事情によって乱されるときはあるだろうが、基本的にはその事情が止めばまた心地よい状態が続いていく。

いつまでも心地よく軽やかにニコニコした状態で、身の回りの大切な人のことだけ大切にすればいいのだ。

気の合う人同士、よくお互いのことを知って、お互いを大切にする、それこそが心地よい状態だ。

そう考えているとわかってくる。心地よさを求めていれば無駄遣いもないし、お金も溜まっていく。世の中の浪費は十中八九快楽を求める心から生まれるものだ。

ワインボトルをガンガンあけて沢山食べて心から信頼もできない人たちと盛り上がるより、週末に信頼できる数少ない人としっぽりと話しながらビールを少しずつ飲んでるほうが、幸せだな、と思う。

幸せの感じ方は人それぞれ。だから僕がここに書いたことが正しいわけではないし、人の数だけ正解はある。

けれど快楽の反動を受けているときは、誰しも大なり小なり自暴自棄になり、よからぬ妄想も膨らんで疲労が溜まる。

心地よさを求めていれば、できることとできないことがはっきりするし、自分が問題を解決する必要がないってこともわかる。

心地よくいていいときは、とことんギリギリまで心地よい状態でいるべきだと思う。

日常の98%くらいを心地よさで満たすことを目標にしたい。

そんな、今まで快楽に振り回され続けていた男の懺悔と戯言でした。笑


saitoyuta
弁護士

横浜・桜木町を拠点に活動する弁護士。弁護士9年目。5年3か月の勤務弁護士時代を経て独立開業。精通分野は交通事故(被害者側)。水瓶座O型。

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